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国内線ジャンボ -400D さよならフライト参加記 その8 ~さようなら、ジャンボ~

その8になりました…。今日はなんだかグダグダで非常に読みづらいかと思われます^^;

さてさて、降機前にあらかじめ機外撮影は禁止と謳われていましたが、報道でも映っていたように、誰も守ることなく(笑)、職員も注意することなく、皆がまったりと降機していきました。
降機前にはCAさんと記念撮影もしてもらいました。また、L1には岩崎機長もいて、最後のお別れと感謝のご挨拶をしてタラップに歩みを進めました。


見たくなくても目に入るこの近さ。最初はL2から降機とのことでしたが、退役記念ロゴのせいもあってかL1からの降機に変更されました。
ほんとはタラップの途中からも撮りたかったのですが、危ないのでやめました。これが賢明な判断だったのかどうか…。微妙に後悔しています。。。

下に降りると、職員さんたちのお出迎え。とびっきりの笑顔。

この幕はMD-81やらフレイター退役の時にも使われたやつですよね、なんて。
バックにエンジンが2つ見えているのも、やはりジャンボならでは。


バスに乗り込んでからも撮影。JALロゴと退役記念ロゴを初めてきちっと撮影することに成功。しかしこれが最後と思うと本当に悲しくなります。もう機内にも戻れないし、こんな近くで見る事すら叶わないのですから…。

恒例の?パノラマ写真。近すぎてやばいです。いろいろと困りますwww

バスは14時38分に発車し、バス降り場へと走っていきます。今度こそ本当に最後のお別れ。皆さんが手を振り、頭を下げて我々を見送ってくれました。こちらも大きく手を振り返し、場内道路へ進みました。

バスの中なんで映り込みとかありますが、毎度のことながらあんまり気にしない方向で。
L1で岩崎機長も大きく手を振られています。今回の本社側のまとめ役ということで、本当にお疲れ様でした!


預入手荷物は8番ターンテーブルから返却。降機も順番だったため、人はそんなに多くなく、荷物もちょうどよく流れてきたため、さっさと回収してツイッター仲間のみなさんが待つ国際線ターミナルへ。

しかしながら、1タミから降りるのはほぼ初めてなので、位置と方向の感覚がこんがらがってしまい、真逆の方向へ進みました。その結果、重い荷物を抱えながら200mあまりも爆走することに。その上、バスは一本逃して5分待たされるし…。もう最悪でした。。。

結局は循環バスに乗車して国際線ターミナルへ。
フォロワーのみなさんと合流して、お土産の御開帳。よって我々のベンチだけ異様な雰囲気に包まれておりました。その後、いろんな話をして楽しみました。

ふとジャンボはどうなっているのかな、と一人でデッキへ上がると、まさに38番スポットからプッシュバックされているではありませんか!

皆さんを呼び寄せ?撮影することに。M1ハンガーのドアが開いていたため、そこに持っていくということは容易にわかりました。
今日中は38番にとどまるのかなと思っていただけに、若干びっくりしましたが、最後に再びお別れをすることが出来ました。


慣れ親しんだ、東 京 国 際 空 港の看板に別れを告げ、W-TWYからA-TWYへと進路を変更します。


正面を向いてくれたため、威厳ある「4発エンジンスタイル」をはっきりと見ることができました。
それにしても、アッパーデッキの「こぶ」と面積の大きい垂直尾翼が他の機種にはない巨大さ、そして空の女王という雰囲気を醸し出していると思います。


信頼できる後輩のトリプルセブンにも別れを告げ、ゆっくりゆっくりとハンガーへと進んでいきます。
ジャンボが居なくなることにより、ここ羽田はジャンボ帝国からトリプル帝国、やがては737帝国へと変わっていくことでしょう。

そのあとA-TWYを端までいって、W-1-TWYから再びW-TWYを進行し、M1ハンガー前の210番スポットに到着してそのままかな、と思いましたが、予想外にも210番を行きすぎます。
そうしたのかと思えば、ハンガーへテールインする様子。

途中でいったん止まり、位置を調整。そしてさらにゆっくりと後ろ向きでハンガーへと格納されていくのでした。


15時56分、JA8084はハンガーへの格納を完了し、我々の前から姿を消しました。
ハンガー内には同じく退役するA300や、今後の国内線準主力機として活躍するであろう767などが居ました。彼女たちは中で何を語り合っているのでしょうか…。

我々はここで解散。
私はモノレールに乗車して帰路につきました。やはり眠さには勝てず、帰りの常磐線内では席を確保するなり寝ていました。。。
家には18時前に到着し、日本テレビの「真相報道 バンキシャ」の放送を待ちます。なんでも番組内で今回のツアーの特集が組まれるとのこと。
18時半過ぎに特集は始まり、私は写っていなったものの、つい先ほどまでの光景がテレビでやっているというのが不思議に、新鮮に感じました。

このあと、JA8084は東側整備エリアへ移動し、翌朝に成田へフェリーされたのこと。
成田では売却整備を行い、3月中には日本を離れる事でしょう。-400Dはもれなく解体されていますが、せめて1機ぐらいは保存まで行かなくとも第2の人生を歩んでもらいたいものです。身勝手なファンの心理ではありますが…。

今までの活躍が、今でも目に焼き付き、そして蘇ってきます。
様々な思い出を我々に残してくれた747-400D、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとう…。

今日は写真がメインになりました。初めにも書きましたが内容もグダグダでとても読みづらかったと思います。
次回、次々回と、その10までこのレポートを続ける予定ですので、どうかお付き合いください。

また、明日はJALジャンボ完全引退の日です。
当然?成田へ出撃してきます。もれなくTwitterで実況いたしますので、よろしければご覧ください。(ハッシュタグ #JALjumbolastを使用。)
もちろん、ブログにも追って記事を書きます。

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国内線ジャンボ -400D さよならフライト参加記 その7 ~JL1024 OKA-HND~

その6からの続きです。この記事から読んでも???になるかもしれないので、前の記事と合わせてお読みください。

JL905便のPBが完了した後、A-TWYを通ってRWY36へタキシング。ぼく管ではいやに長く感じられたこのルートですが、実際のってみるとあっという間でした…。
E8-TWYで待機した後、離陸許可とともにローリングテイクオフで離陸。お客さんを乗せた最後の離陸は12時10分でした。

離陸後、澤木機長から、日曜日で嘉手納のトラフィックはないため高度制限はなくそのまま上昇しますとのアナウンスがありました。若干残念でしたが、機窓右側には米軍の普天間基地と嘉手納基地をはっきりとみることができました。
特に普天間は住宅地の真ん中にあるという話の通り。しかも結構な面積を占めており、本当にあれは危険だと感じました。

機は上昇を続け、雲を突破。若干揺れはあったものの早めにベルトサインは消され、機内での交流時間が巣こそ長めに確保されました。その後39000ftでレベルオフし、羽田まで約1時間50分のフライトタイムを順調に消費していきます。


私は油性ペンと下敷きを持ち、CAさんにサインをもらいに機内を端から端まで歩きました。出発前に8人からhサインをいただいていたので、残り5人のCAさんにサインをもらいに前の方へ行くことに。
いまだ訪れていなかったアッパーデッキにも上がり、サインをもらうついでに写真を撮影。混雑しすぎて前のほうまで見ることができず残念でした。。。。


その後、いよいよクライマックスということで記念ビデオの上映が始まりました。
在りし日のモーゼスレイク訓練所で撮影した貴重な映像です。それが終わり、本当に最後の最後、三本締めでこのツアーが締めくくられます。音頭を取る澤木機長も途中言葉がつまり、こちらにもその感情が伝わってきてついついもらい泣きをしそうになりました。
話は変わりますが、三本締めは我々乗客を含め、ツアー要員の方やCAさんたちも含め全員でやりました。そのCAさんの三本締めがほんとに可愛かったこと^^ (ヲイ

その後、気流の乱れで駿河湾~房総半島上空にかけて機体が上下に大きく揺さぶられました。ジャンボならではのゆったりとした揺れをじっくりと、はっきりと味わうことができました。これが737だったりすると恐怖そのものではないでしょうか…。

雲の中を降下していき、機窓は真っ白。本当に何も見えません。

そして、最後ということでこんなものも撮影。

このしおりが実際に役立つことはなく、無事に20年間の勤めを終えて退役することができたのは本当にいいことだと思います。
アッパーデッキのスライドシュートの図も特徴的でしたが、これも国内ではANAでしか見ることができません。

そんなこんなで地上がやっと見えました。房総半島上空というのはわかったのですが、詳しい場所はわかりませんでした。そうこうするうちに再び雲に突入。再度雲から抜けたのは、アクアラインの「海ほたる」が見えるあたり、高度にして2000ft強です。
視程が相当悪いなかでも、最終進入のプロセスは順調に行われ、左手に浮島公園、右手に終の棲家であるハンガーを見つつ、13時55分、東京国際空港RWY34Lにファイナルランディングを果たしました。接地の瞬間、撮影してい方々が一斉にシャッターを切られたのは想像するに難くありません。

機内でも拍手が起こり、機内アナウンスがあるまでその拍手は鳴りやみませんでした。最後の機内アナウンスが終わるとともに、13時58分、スポット38番に停止し一斉に4機のエンジンを停止。

↑許可を得て撮影
ついに、JALの747-400Dは20年間にわたるその歩みを止めたのです。本当の本当に、これが最後。どうやっても変えることのない事実です。

降機はアッパーから順に12グループに分かれ降機をしました。
途中、タラップと機床の段差が1m近くなり、タラップの着け直しが行われた時には機内が笑いに包まれました。JALジャンボが西側貨物エリアでタラップをつかって降機をするのはたぶんこれが最初で最後の事でしょう。グランドさんもなれてないのかな、なんて思いつつ、到着から約50分後の14時35分に羽田の地に降り立ちました。

ここのお話はまた次の記事に譲るとして、本当に感動的なラストだったのは言うまでもありません。。。

次の記事は羽田での写真を交えて、短くまとめる予定でいます。次記事もどうぞご覧ください☆

最後になりましたが、おかげさまで日本ブログ村「その他趣味ブログ」「航空機ブログ」の人気記事ランキングで、ともに1位を獲得することができました! 皆さん本当にありがとうございます!!

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国内線ジャンボ -400D さよならフライト参加記 その6 ~Last Boarding~

さてさて、那覇空港に到着した後、真正面にはお土産屋さんがいっぱい。

友達とかにお土産を軽く購入し、チェックインをすることに。チェックインが行われるのは1階郵便局裏のミーティングルーム。こっちはANA側なので結構遠いですね…。
チェックインで帰りのJL1024便の航空券とお土産をもらい、サイン会会場へ。こちらはさらにもう一つ裏のミーティングルーム。昨日の新千歳の4人に加え、岩崎機長と生田副操縦士も参加。

昨日に引き続き持参した下敷きと、お土産の中にあった惜別ジャンボのパンフレットにサインをいただきました。
手前から、岩崎英明機長澤木圭機長酒巻俊嗣機長平松直城機長生田康平副操縦士。本木宏機長は見えません(汗)
ちなみにTwitterのフォロワーさんも写っていますwww

サインをもらった後、荷物を預けに3回のチェックインカウンターへ。ここは1階北側。端から端までの移動になり、荷物をたくさん持った身としては大変でした…。

ANAの出発便の中にポツンとJAL1024便東京行が。いよいよ20年間のファイナルレグがこの便になるわけです。。。

荷物を預けたら今度は二回に降りて保安検査場を通過。もうあっち行ったりこっち行ったり、上着を羽織っていたのでかなり汗をかきました…。
10時ちょうどには搭乗口26番に到着。先客は20名ほど。昨日千歳の時に知り合った方と一緒に最前列に撮影場所を確保。後ろに来た方とセレモニーが始まるまで談義していると、彼は龍ヶ崎市民とのこと。「鉄」もやっていて、週末にはお子さんと一緒に小貝川や、飛行機を見るためたつのこ山に出撃しているとのこと。世間は狭いものです。。。

着いてから45分ほど経過すると、昨日の横断幕が登場。

なんとか端から端まできれいにおさめられました…。グランドスタッフの方たちが総出で幕を支えてらっしゃいます。撮影のためとはいえ感謝感謝です。

このあと、西尾社長が登場。お別れのご挨拶と、帰りのお土産の案内。私は未成年なので泡盛はいただけませんでしたが、島とうがらし(うちなーぐちでは「こーれぐすー」)という調味料をいただきました。
他には、昨日の新聞記事や絵葉書、使用済みのジェプセン・チャートを使ったブックカバーなども搭乗時に渡されるということで少し期待をしつつセレモニーを楽しみます。

10分ほどお話をいただいた後、19人のクルー全員が搭乗口に集合!

ここでも本木機長が行方不明に(苦笑) マイクを握るのは澤木機長です。
勢ぞろいした後、岩崎機長と伊藤CAからラストフライトにあたってのご挨拶。これも恒例といえばそれまでですが、本当の本当に「最後」になります。

あいさつが終わった後、澤木機長と後方の生田副操縦士を残しクルーは機内へ。
澤木機長は、ラストということで機内でのブリーフィングのようにフライトインフォメーションの解説をしてくれました。嘉手納基地の進入機との兼ね合いもあって1000ftでいったんレベルオフする独特の方式で飛行するということも紹介され、若干わくわく。
11時10分に搭乗準備に入りまして、澤木機長も退場。最後に、「滑走路は36から上がって34Lに降りる」旨お話がありました。決め台詞は、「いい加減私の顔も見飽きたころでしょうが」。この言葉も最後、当然いうたびにお客さんからは笑いが上がります。

11時20分に搭乗スタート。横断幕に加え、三線と太鼓でお見送り。

いよいよジャンボとともに、この沖縄に別れを告げるときがやってきました。

搭乗通路からもジャンボを撮影。羽田でも撮影できるかわからなかったので、最後という気持ちで撮影しました。

コクピットウィンドウには、「ありがとう747-400」のうちわ?が掲げられています。

そして、最後ということでロゴを撮るためL2から搭乗。ロゴが本当に間近ににあります。

-300以降のSUDの特徴であるアッパーデッキのガルウイング式ドアもここからなら注意書きまでくっきり見ることができます。
L2では岩崎機長がお出迎え。そのまま座席について荷物を上に収納。外では雨が降りしきる中お別れの横断幕をもった地上職員のみなさんが。どうもデジカメ使用可だったらしく、1枚だけ写真を撮らせていただきました。

パイロットとCAさんたちは向こうのトリプルの方たちでしょうかね。。。

ブロックアウトは定刻から遅れること20分、11時56分でした。プッシュバックすると同時に、待機していた羽田からの定期便、JL905便がスポットイン。C1-TWY上では完全に正対し、前方カメラを通して機内からは笑いの声が。ちなみにあちらの機材はoneworld塗装のJA752Jでした。

長くなりそうなので、ここで分割します。。。
フライトの記事は「その7」でお楽しみくださいませ~。

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国内線ジャンボ -400D さよならフライト参加記 その5 ~ゆいレール乗車~

さぁ、直接ジャンボには関係ありませんが、空港への主要交通手段であるゆいレールのお話。

ホテルは旭橋駅から少し先に行ったルートイン那覇泉崎でした。部屋に入ってからはエビ太巻きを食べて風呂に入ってそのまま寝てしまいました。

起床したのは6時半。しかし沖縄の日の出は遅く、何もやる気が起きぬまま45分が経過…。7時半ごろになってやっと朝食を摂りました。朝食を摂ったあとすぐにホテルを出発。

バスターミナルの前を通り、旭橋駅へ。普通なら空港方面に向かいますが、完乗をするために逆の首里方面ホームへ。

駅のテーマカラーは3駅ごとに定められており、ここ旭橋駅は。列車は1時間に5本と、それなりに少ない本数ではあります。
7時58分発の0707A列車に乗車。生憎の雨で空気も湿っていてジメッとした暑さです。


よく考えてみると、日本跨座式のモノレールに乗るのはこれが初めて。やっぱり東モノに比べて床が高い感じでした。
駅間は長いとも短いとも言えずな感じ。沖縄の町並みはやはりこちらとは一味違います。途中ビルの5階ぐらいの高さを通るところがあったりしてちょっとビックリ。
そうこうしているうちに、終点の首里駅に到着。

意味深な線路の終わりかた…。将来的には石嶺方面への延長も考えているということ。
首里駅は相対式ホームですが、現在使用しているのは上り線側のみらしく、下り列車はポイントを通過して入線します。


こちらのテーマカラーは。旭橋からは15分程度で到着しました。
ここでいったん下車し、同じ車両に乗って那覇空港へ向かいます。

車内はこんな感じ。全長15m弱で2両編成。

座席の形もなんだか特徴的です。妻壁面の色は黄色に対して座席は紫、床は灰色の濃淡で構成されています。
結構私好みの色使い。窓も大きく、実に開放的な車内です。沖縄に十分マッチしていますね。

さてさて折り返しの0808A列車は8時24分に首里駅を発車。雨はひたすら降り続け、車内もだいぶ濡れています。
順番に各駅に停車していき、26分後に日本最南端の駅、赤嶺に停車。ホームから見た感じは特にオブジェがあるわけでもなく…。
赤嶺を出ると、左カーブ。曲がり角には航空自衛隊那覇基地の正門があり、F-104JやF-4EJなどといった機体が飾られています。その後左手にはゆいレール車両基地が見え、8時53分に那覇空港駅に到着。旭橋絵にを出てから1時間も経ってしまいました。

改札を出ると、「日本最西端の駅」の碑があります。最南端と最西端が連続しているのもこのゆいレールの特徴です。きちんと緯度経度も記されています。北緯26度とありますが、牛久は北緯36度。10度も南に来てしまったわけです…。
 
車輌は1000形。空港方が1100番台になっています。外観は曲線が印象的。写真で見ると結構微妙ですが、実際見ると結構カッコいいんですねこれが。

連絡通路を歩いて空港駅をパチリ。空港ターミナルから独立したところにあります。
有効長が4両分ぐらいしかないため、ずいぶんと小ぢんまりとした感じの駅です。植わってる木も実に南国らしさを演出しています。
しかしまだ雨が降り続けています。ジャンボを送る涙の雨かな、なんて思いながら空港ターミナルへ入っていく私でした…。

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国内線ジャンボ -400D さよならフライト参加記 その4 ~琉球村パーティ~

さあ、ここでは舞台を飛行機から、懇親パーティー会場である「琉球村」へと移します。
琉球村はその名の通り、沖縄の文化や歴史を体感できる、いわばテーマパークのようなところです。園内には琉球古民家が多く移築されています。


ここで少し古民家見学をした後、ウェルカムドリンクのハイビスカスジュースをいただき、屋内会場へ。
初めはバスごとに座席が決まっているはずだったのですが、面倒だったのか自由席になっていて、後から入った我々は苦労することに。
結局、ステージの真ん前で参加することができましたが^^

まずは、JALツアーズの方の開会宣言に始まり、続いて沖縄から合流した、ツアー総元締めの岩崎英明機長のあいさつです。彼は747-400運航乗員部副部長の職にあり、訓練教官も歴任した、まさにベテランキャプテンです。

本当は、澤木機長としてもチャーター便で移動してもらいたかったそうですが、彼が早起きが苦手?!なため、定期便に乗って沖縄に先回りしたとのことです。実際は受け入れ態勢を整えるためなんでしょうがね…。
ちなみに、岩崎機長はJALの「ありがとうジャンボ」のサイトで紹介され、売却機の操縦輪に花をつけてきたあの機長です。

続きまして、ツアー目的地である沖縄。JALグループで沖縄を管轄する、ジャル沖縄の西尾忠男社長のあいさつ兼乾杯の音頭。
ジャル沖縄と言いますが、業務的には日本航空インターナショナル沖縄支店の代行業務だそうです。

多少酔いが回っていたのか?素晴らしいハイテンションで、こちら側もとてもテンションが高まっていきました。
流石沖縄だけあって、社長もかりゆしスタイルです。乾杯の音頭は、うちなーぐちでした。予想通り、沖縄に来ると全体的なテンションが上がります(笑)

さぁそんなこんなで、次のイベントの準備が始まり、その間は琉球音楽の披露です。バイキングのため、皆さんは食糧確保にいそしんでおりましたが、私は混雑が好きじゃないのでなるべく空いているところに。
とりあえず食べ物はGETできました。

準備が整ったようで、運航乗務員4人と客室乗務員13人がステージへ。また、今回も司会進行役を務める東海ラジオ放送の酒井弘明アナウンサーもステージ上へ。いよいよメインイベントの幕開けです。

まずはパイロットインタビュー。PICを務める順に、平松機長、酒巻機長、本木機長がそれぞれインタビューを受けた後、客室乗務員を代表して伊藤CAと関本CAのインタビューが行われました。

そしてそして、皆さんお待ちかね?の撮影会。まずは運航乗務員も含めた17名での撮影。

皆さんどこ向いてるんですか、って感じですが、CAさんたちもかなり盛り上がっていてなんか面白かった…。
当然ながら、CAさんは誰が誰だかわかりません…。ちゃんと誰が何代目だか聞いてくればよかった。。。今から問い合わせてみますかね??

続いて、CAさんたちだけで撮影会。人が殺到しすぎてとんでもないことに。
1階の左右中央、アッパーの左右のトータル5つの向きで撮影することに。私は1階左方向におり、正面カットもきちんと撮らせていただきました^^

もちろん、他の目線もありますがここでは載せません、重いので…。
ちなみに、左端が現行制服の伊藤CAで、左から順に初代×3、2代目~5代目、6代目×2、7代目~現行でトータル13人になります。しかしすごい人ごみです。。。

ここで再び次のイベントへ移行するため、準備時間として琉球音楽タイム。
ここで皆さんのテンションが再び上昇。一度は耳にしたことのある曲がいくつか演奏されました。


最後のイベントは、乗客代表インタビューと、今回の旅に月刊エアラインの取材として同行される青木勝カメラマンのインタビュー。

青木さんのカメラマン人生は、JALのジャンボとともにしてきたといっても過言ではないだけに、今回の引退をとても残念がっていました。撮影時の様々なエピソードを一つ一つ丁寧に、酒井アナとの上手い掛け合いで話していってくれました。
私としても有名なカメラマン、しかも航空界にとってはまさに第一人者ともいえる方が目の前にいたことが今でも信じられません。

青木さんのインタビューの後は、乗客代表で何人かがインタビューを受けられました。
中には、現役の航空自衛官で、千歳管制隊に所属する管制官の方もおり、興味深いお話を聞くことができました。なんでも、昨年のクラシックジャンボ引退時のファイナルレグ(JL3042 千歳-成田)のディパーチャー業務を担当し、千歳管制圏から札幌コントロールに引き継ぐ最後の業務を担ったそうで、その時のエピソードも聞かせてくれました。
また、今回のフライトでも、千歳管制圏では運航便名JL4903のところ、伝統の沖縄行便名であるJL2703で管制を行ったりもしていたそうです。彼自身、「職権乱用」とか自虐?しつつも、帰りのフライトではいろんなところでカメラを持って出没し、とても楽しんでいる様子でした。


そして、最後には澤木機長のインタビューとともに、彼が作成した、JALのダッシュ400シリーズ全44機の写真を集めたスライドショーが上演されました。
いろんなところを細かく作っていて、しかも乗務員でなければとれないような写真も交えられ、まさにファイナルを飾るにふさわしい映像でした。


そんなこんなで2時間の宴はあっという間に終わり、再びバスに分乗して那覇市内のホテルへむかうのでした…。
ちなみに我々10号車には先ほどの管制官の方もいましたが、私も寝ていたので特にお話を聞くこともなく。
帰りは高速道路は使わず、国道58号線をひたすら南下して那覇市内へと向かいました。しかしあんな細い国道を体験したのは51号線以来です…。


テスト勉強の関係で?更新が1日開いてしまいましたが、どうかご容赦を。
次回は一旦飛行機から離れ、「ゆいれーる乗車記」を書こうと思っております。どうぞこの後の記事もお楽しみください☆


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