スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

エアバスA300-600R、ついに引退!

えーっと 完全にブログやる気が失せてました。何が更新再開だよ…、ほんとにすいません。
なんかネタがあった時は最低限書くつもりでいたのですが、バイトから帰ってくると疲れててそのまま寝ちゃったりw
言い訳はこの辺にして、今日の記事を。

今日5月31日、JAS時代も合わせて20年間日本の空で活躍してきた、エアバスA300B4-622R(A3R/AB6)がラストフライトを迎え、その歴史にピリオドを打ちました。



同機は、エアバス最初の旅客機であるA300B2と、ハイテク2人乗務機として開発されたA310の技術を合わせた機体で、1988年から活躍しています。
日本では、1989年に当時の日本エアシステムが7機発注しました。初号機JA8375はその2年後、1991年4月に受領、7月から東京~青森・新千歳線で運航が始まりました。
最終的に、22機が導入され、途中日本航空との経営統合があったものの、そこまで古い機体ではないということもあり当面安泰と思われましたが、日本航空の倒産、その後の経営再建の一環として機材整理が進められることとなり、旧JASから引き継がれたA300-600Rはあえなく引退することになりました。

当初は3月13日に退役記念チャーターフライトとして羽田~中部を飛んだあと、3月26日いっぱいで引退する予定でしたが、3月11日に発生した東日本大震災による東北地方救援のため、一旦は退役が無期限延期となりました。
しかし、東北自動車道や東北新幹線、在来線も運転を再開をし、空路の重要性も次第に下がってきたため、5月いっぱいでの退役が決まりました。

JAS時代から「エーサンアール」の名で親しまれ、JALになってからは「エービーシックス」という名前も付けられたり。
コクピットウィンドウの下の、日除けの役目を果たす黒塗りは、このA300シリーズがJAS時代からの特徴モノでした。JAL塗装になってからも黒塗りは引き継がれ、顔をより引き締めていました。
また、従来のA300とは違い、主翼端にウィングチップフェンスが装備されたのも特徴の一つです。小さく見えるこの小翼ですが、近くで見ると意外に大きいんですよね…。
ほかにも、主翼が胴体のほぼ中央から出ていたり、後方の床面が上向きに反っていたりと、見る方、乗る方、どちらも楽しませてくれる飛行機でした。

最近は最終導入機のJA016Dが、青森往復(JL1201/JL1202)~秋田往復(JL1263/JL1264)~青森往復(JL1207/JL1208)という流れで飛んでおり、今日もその流れでフライトとなりました。
というわけで、ラストフライトは必然的に青森~東京線のJL1208便となりました。奇しくもA3Rの歴史が始まった路線が花道となりました。

到着予定時刻は18時45分。東京アプローチには18時23分にコンタクトし、最初はRWY34Rに誘導されましたが、その後なぜかRWY34Lに変更。おかげで地下通路を走らされる羽目に…。
18時45分、RWY34Lへの着陸許可が発出され、18時47分、タッチダウンし、ラストフライトを終えました。

充当機材はJA016D。導入時にはJALとの経営統合が決まっていたため、唯一レインボー装をまとってい無い機体です。
当初の予定では初号機のJA8375が飛ぶ予定でしたが、フライトサイクルの関係で今月初めの戦線離脱、最後は中部チャーター充当予定だったJA8563とこのJA016Dが残っていました。

今日もむりやり撮影に行ってきました。以下汚い写真が並びますw

ファイナルアプローチ! 他のトラフィックはすべてRWY34Rに回されたため、A3RだけがA滑走路に降りてきました。
見慣れた風景も今日が最後。


ファイナルタッチダウン。手前にANAのB6がかぶってしまったのが悔やまれるところ…。


リバーサーをかけ、スポイラーを立てて減速。結局、国際線エプロンには一度も入ることはありませんでした。


A8誘導路からランウェイを抜けます。


かなりぶれましたが、最後の最後にアンコリゲット☆ そのまま21番スポットへとタキシングを続けます。

到着後、A3Rの乗員の方たちのお出迎えがあったりしたそうです。
今日の搭乗人数は262名。100%とはいきませんでしたが、最終便は90%もの搭乗率でした。別れを惜しむファンの方の姿も多かったと聞きます。

今回の震災救援では、LD-3コンテナを並列搭載できる点や、300人程度乗れるという大きな輸送力が力を発揮し、予想外にも退役が伸びてしまいました。原因が原因だけに、決して喜ばしいことではありませんが、改めてワイドボディ機の有用性が認識されたと思います。
しかし、その後継機種と言うべきものは、737-800や787導入に伴う767-300ERの国内線コンバート機で、輸送力で見れば明らかにA3Rに劣っています。しかも、初期導入の767-300のほうがA3Rよりさらに古いので、本当に退役が悔やまれます。

A3Rはこれといった退役イベントもないっま、順次海外へと売却されていきました。そして、その多くが第2の人生を歩むそうです。一部は貨物機に改造されるそうですが、それでも空を飛び続けられるのは幸せなことだと思います。

20年間という、決して長い期間ではありませんでしたが、本当にたくさんの思い出を残してくれたいい飛行機だったと思います。
20年間の感謝をこめ、ありがとう!


にほんブログ村 その他趣味ブログ 航空・飛行機へ
毎度ご覧いただきありがとうございます。
日本ブログ村に参加しております。クリックをよろしくお願いします!

スポンサーサイト

この記事へのコメント

トラックバック

URL :

プロフィール

管理人 エアポートひたち
Witten by Airport HITACHI


掲載している画像の無断転載はおやめください。

Welcome to "Hikoki ni Kakomarete (Surrounded by the airplane)".
The airplane photograph, a travel report, a railroad photograph, etc. are published.

This weblog is written in Japanese only.

カウンター
累計閲覧者数:
2009年7月1日から集計開始


ジオターゲティング
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
最新記事
リンク
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

経県値
ひたにゃんさんの経県値
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。